7時半、目が覚める。朝食を取って、学校へ向かう。いつもと変わらない、朝。教室のドアを開ける。だが、そこでふと違和感に気付く。もう皆来ていていいはずの時刻なのに、そこには誰もいない。ただ1人、教室にいる。時間は刻々と過ぎる。授業開始の鐘が鳴る。いつも聞こえる先生の足音も無い。校舎の中では、何の物音も聞こえない。たった独り。孤独感と恐怖を感じる。鐘が鳴る。鳴り続ける。不意に殴られたような激痛が頭を貫き、意識が薄れていく――
 康裕は目を開いた。心臓の音が自分の耳に聞こえる。頭が裂けるようだ。ジメジメした感触から逃れるように体をゆっくり起こすと、枕は雨漏りしたかのようにビショビショに濡れていた。何故なのか分からない。きっと酷い夢でも見ていたのだろう、と思い時計に目をやると、時計は朝の7時半をさしている。家から学校までの道のりを考えると、起きるのには丁度良い時刻だ。起き上がって着替えを済ませ、目をこすりながら下の階に下りた。康裕の寝室は2階にある。
 「おはよう。」
 「あ、おはよう。」
 康裕には父親、母親、中一の妹の3人の家族がいる。父親の岳(たかし)は会社員をやっていて、今のところそのお陰で、新井家は何一つ不自由なく生活できている。受験の前は、散々色々と言われたが、一段落ついた今は、特に何を言ってくるでもなく、康裕にとっても普通の父親だ。
 「お兄ちゃん、学校遅れるよ。」
 「ああ、はいはい。」
妹の多紀は、康裕と同じ中学校に通っている。兄妹の仲はかなり良い。
置いてあった食パンを食べると、多紀と一緒に家を出た。同じ学校に行くのだから別々に行く理由も無い。駅に着くと、電車を待ちながら2人で何気ない会話をする。黙っているより早く時間が過ぎていくように感じる。
 電車に乗り込むと1つ駅を間に挟んで、学校がある街に着く。そして、それぞれの友達と、別々に学校へと向かう。いつもと変わらない、平和な朝だった。起きた時の頭の痛みなど、その頃には記憶の片隅にすら残っていなかった。