朝の鐘が鳴る。先生が早足で教室に入り、教卓に立った。教室全体を見回し、生徒がいない机が1つあるのを見つけた。
「守屋は休みか? 何か聞いてる人がいたら教えてくれ。」
そう言うと先生はしばらく生徒からの情報を待ったが、誰も口を開かないので、普段と同じように1日の予定を喋り始めた。そして最後に、
「じゃあ誰か、守屋から連絡もらったら先生に伝えてくれ。以上。」
と付け加えた。
委員長の号令と共に生徒が立ち上がり、思い思いの場所へ移動して会話を楽しんだり宿題を片付けたりする。朝のホームルームは多少早く終わるので、授業の合間よりも長く自由時間が取れるのだ。康裕は、いつも一通り授業の支度をした後、友達が集まって会話をしている輪の中で聞く側に回って、下らない話に相槌を打ったり、笑ったりする。今日もとりあえず授業の支度をしようと、廊下にあるロッカーへ向かった。
「でさー、佐藤の奴、万引きして捕まったらしいよ。」
「えっ、マジで? 大丈夫かよ、この受験前に。」
「まあ、先生にバレなきゃ平気だろ。何とかなるって。」
いつもと同じような会話が聞こえてくる。教科書を持って自分の席に戻り、椅子に座って今日の時間割を確認する。そして、机の中にその教科書数冊を入れ、次の授業の教科書を机の上に置いた。丁度その時、本来ホームルームが終わるべき時刻のチャイムが鳴り始めた。
だがその日、その鐘は鳴り止まなかった。
「あれ、故障かな?」
誰かが言った。康裕も疑問に思う。鐘は、止むことなく、繰り返し鳴り続けた。
「うっ!」
不意に頭痛が襲った。今朝感じたのと同じ、激しい痛みだ。康裕は思わず頭を抱えた。顔が苦痛に歪んだ。
「おい康裕、大丈夫か!?」
友達の声が聞こえる。
「ああ、大丈夫――」
ゆっくりと目を開いた。だが、教室には誰もいない。声だけが頭の中で響いている。薄暗い部屋に、独り残され、今までいた友達は1人としていなくなってしまっていた。その代わり、教卓の前に、見覚えのある顔が一人立っていた。そして、康裕とその顔の、目が合った。それは他でもない、康裕自身だった――
そして、その目の前にいる自分が、口を開きかけた。
「うぅっ……」
その瞬間、康裕は今までに経験したことの無いほどの衝撃を受け、意識を失った。