電話の音がする。確信があった。これは夢ではない。日が昇り始めたばかりの、まだ薄暗い朝だった。電話の音に誰も気付かないので、康裕は渋々布団から起き上がった。
 「はい、新井です。」
 「おう、康裕か。山田だけど。」
電話の相手は同じ学校の山田智だった。康裕と山田と、昨日学校を休んでいた守屋亮は、幼稚園から同じところに通っている親友だ。だからこんな時間に電話をかけてくるのも、別に大したことではない。小学校の頃は学校を三人で抜け出したり、植木を倒して回ったりと、悪ガキ三人組という認識を持たれていたようだ。智は、その中でも一番元気の良い奴だった。それは今でも変わっていない。
 だが、今日の智の声はいつもより重かった。それを聞くだけでも、この電話の内容が決して良いものではないのが良く分かった。
 「どうした?」
 「ああ、言い難い話なんだけどな……」
そういうと、智は黙り込んでしまった。
 「なんだよ、こんな時間に電話してきたってことは大分大事な事なんだろ?」
 「ああ……」
そして、智はゆっくりと息を吸うと、言った。
 「昨日の夜、亮が、死んだ。」
 「え……?」
 一瞬、これが夢ではないというさっきの確信が揺らいだ。昨日、あいつが休むなんて珍しいな、とは思ったが、まさかそんな事が……
 「……本当の話なのか?」
 「ああ。本当だ。」
それっきり二人は黙り込んでしまった。亮が死ぬなんて。考えてもみなかった。病気だろうか、それとも事故に遭ったのだろうか。聞きたいことはたくさんあったが、こみ上げる悲しみに抑えられ、康裕は何も言えなかった。
 どれくらい経っただろうか。二人が作った電話越しの沈黙を智が破った。
 「自殺だ。」
 「……。」
 「もし、今日時間が空いてたら、10時頃図書館に来てくれ。じゃあな。」
そういうと、智は電話を切った。あいつが自殺するなんて。胸が焼けそうになる。衝撃で涙は出てこない。
 「!」
 その時、またあの頭痛が康裕を襲った。ズキズキする頭を抱えると、いつの間にか康裕はまた誰もいない教室で、自分自身と向き合っていた。目の前の自分が、再び口を開く。だが、今度は意識が残っていた。激しい痛みに耐えながら、目を開く。そして、声を聞き取った。
 「康裕になら、何とかできたかもな。」
 そして、その幻影は消えていった。痛みと戦いながら、混乱する頭で康裕は思った。俺に何かができたはずはない、と。だが、その数秒後に康裕を襲ったのは酷い罪悪感だった。沈んでいく気分とは裏腹に、土曜日の太陽は、斜めに昇り始めていた。