「ちょっと図書館に行って来るよ。」
「勉強? いってらっしゃい。」
自転車のペダルを踏みしめるのも嫌になるような、寒い朝。親友の死という信じられないような状況も、また自分の運動を鈍くした。家族には、普通通りの土曜の朝を装った。美容院やコンビニの前を通る度、自然と店内に目をやる。そこにあるのは、嘘でも夢でもない、いつもの休日だった。雑誌棚の正面に、二日前万引きで捕まった佐藤がいる。整髪料をポケットに忍ばせている。康裕は見なかった事にしてその場を通り過ぎた。
そして、10時より少し前に約束の図書館に到着した。間もなく、智がやって来た。
「明日が亮のお通夜だぞ。」
康裕は一つ頷き、
「話はそれだけじゃないだろ? とりあえず図書館に入ろう。」
と、智を急かした。
二人は無言で館内に入った。入り口のところに、同じクラスの横瀬さんがいたので軽く会釈を交わすと、そのまま窓際の丸テーブルに向かい合った。
少しの空白の後、智が口を開いた。
「あいつが死んだのは、家庭内での暴力が原因だ。」
そういえば、亮の父親はちょっとした事ですぐ殴るという話は、亮からよく聞かされていた。そんな家庭が嫌だったのか、亮はどんなに具合が悪くても学校に来たし、帰りも必ず康裕か智の家に寄ってから夜遅くに帰った。二、三ヶ月前に母親が亡くなってから、父親の攻撃的な性格は更に激しくなっていたらしく、ここのところ亮の顔面や肩には、大きなあざができていた。
「それなら家出して俺達の家に逃げてくれば良かったのに。」
康裕がぼそりと言うと、智が首を振った。
「結局連れ戻されてまた殴られるのがオチだろ。あいつは、親父を殺して、その後、その足で駅の屋上から飛び降りたんだ。」
「そんなの何の解決にもなってないじゃねえか。結局自分も死んじまって……」
「亮のことだ。きっと他に方法も見つからなかったんだろう。そうしなきゃあいつが先に死んでた。でも、罪悪感に潰されちまったんだな。」
そして、智はポケットから手紙を一枚取り出した。
「これが俺の家のポストに入ってたんだ。俺の家はお袋と二人だけだから、大家族のお前の家よりも伝えやすかったんだろ。」
そう言うとその手紙を康裕に渡した。康裕はその手紙をみて、何とも言えない、寂しい気持ちになった。そこには、三人で経験してきた色々な出来事が、一つずつ丁寧に書かれていた。思い出すと、どの場面でも亮は笑顔だった。だが、もう二度とその表情を見ることができないという現実を、二人は受け止めなければならなかった。
その手紙の最後には、こう書かれていた。
「二人とも、こんな俺と仲良くしてくれてありがとう。この手紙を見た時に、少しでも懐かしい気持ちになってくれていれば幸いです。じゃあな!」
二度と同じ三人組にはなれない。そう思うと、妙に胸が苦しくなった。そして、康裕は、涙が止められない心情というものを、初めて感じた。
智と二人でしばらく黙って座っていたが、二人はその場を後にした。康裕の頭に、何故か駅の屋上という場所が引っかかっていた。