目を開くと俺はまだ降り続く雨を眺めた。川は昨日に比べて遥かに荒れていた。後一時間遅かったら目が覚めることはなかっただろう。今にも溢れそうだ。ひとまずここを離れるしかない。俺は必需品と共に橋がかかっている道まで上がった。傘を差し、川の水位が下がるまで身を置く場所を探さなければいけない。当てがあるわけでもなく、途方にくれてしまった。空き家の屋根を借りるのが良いか。それとも無理を承知で誰かの家に泊まらせてもらうか。
 ふと川を見た。
 その瞬間、俺は信じられないものを目にした。
 何かが流れてくる。ゴミでも、家具でもない。それは自分にとってかけがえのない人、生涯最初で最後の友だった。
 俺は無意識に飛び込んでいた。周りの声が一瞬騒がしくなり、聞こえなくなった。俺は必死に川の真ん中まで泳いでいった。足が川底に着かない。川は俺を全力で流そうとしてくる。俺は泳ぎに慣れていたはずなのに、真ん中に着いたときには何メートルも下流に流されていた。岩に捕まった。そして、胡桃を受け止めた。だが、荒れた川には、人間なんて無力なものだ。
 「カズアキ君…」
胡桃はそう言うと気を失ってしまった。俺の手が岩から離れる。川の波が押し寄せて来る。
 俺は覚悟を決めた。両手で胡桃の身体を抱え、呼吸ができるようにしてやる。俺は顔まで川につかりながら、時々足をばたつかせ水面に顔を出し息を吸う。流れの圧力が体勢を崩してくる。波が来る度に鼻に水が入ってくる。
 急に「ガンッ」という音が頭に響き、体勢がよろけた。意識が遠くなり、視界がぼやけてくる。思考の糸が切れた瞬間、俺の足に何かが当たるのを感じた。そして目の前が真っ暗になった。