気が付くと、俺と胡桃は川の最下流の砂利の上にいた。
 「っつ…」
激しい痛みを感じて頭を触ると、後頭部から血が流れていた。あの時何が起こったのかは分からないが、恐らく岩か何かにぶつけたのだろう。身体も冷たくなっている。
 胡桃の方を見ると、丁度目を覚ましたところだった。どうやら俺は意識が無いときも胡桃を抱えていたらしい。そうでなかったら今頃は…
 ケホッ、コホッ…
二人してむせた。喉が苦しい。
 「ごめんね…」
せきで声が出ないようだ。
 「あんまり無理して喋るなよ。落ち着いてからで良いから。」
 「ごめんね… 私、死にそうだった… 生きていけなかった…」
どうやら声が出ないのは泣いているかららしい。背中をさすってやり、落ちつた頃、俺は聞いた。
 「生きていけなかったって、どうした?」
 「―お母さんが…」
そう言うと胡桃は俺にしがみついて、また泣き出してしまった。俺はそれ以上何も聞かなかった。両親を共に同じような雨の日に失い、朦朧とする中、俺の所に来ようとして落ちたんだろう。
 俺は胡桃を抱きしめた。二人でしばらく抱き合っていた。これが、俺にとって初めて本気で人を想えた瞬間だった。
 そうやって何分か経った後、大分落ち着いた胡桃が口を開いた。
 「カズアキ君、もし良ければ… 私の家に来てくれないかな…」
突然の言葉に、俺は何を言って良いか分からなかった。
 「あ、いや、え…」
 「お母さんが昨日… 昨日事故で…… それで、その後親戚が生活に困らないだけのお金は出してくれるって言ったんだけど、家には来られないらしくて。私、今は一人じゃ生きていける自身が無いんだ… 元気付けてくれる人がいないと… だから、カズアキ君に来て欲しいと思うんだけど…」
途切れ途切れにそう言うと、俺をじっと見つめた。
 「…俺は良いけど、俺頭悪いぞ。家なんて人生の半分以上いなかったし、家庭っぽいこと何もできないけど、それでも良いのか?」
胡桃は一度だけ頷いた。そして静かに笑った。
 二人は、今流されてきた川に沿って、道を歩いていった。そこで二人は思い出の場所を通る。俺が住んでいた場所。二人の出会いの場所。そして、二人が自分達の心を打ち明けあった場所。
 そこには、傘が置いてあった。朝、この怪我を知らない俺が置いた物だ。俺が跳びこんだ所を表すかのように、それは転がっていた。俺は傘を拾い上げ、二人の頭上で開いた。ビニールが雨粒を弾く音が、俺達二人の世界を作っていった。

   雨は降り続いていた。二人は一つの傘で歩いていく。長い道を。いつか強い嵐が来るかもしれない。岩だらけで前も見えないような川を渡るかもしれない。それでも二人でいる限り、舟から落ちても必ずはい上がれる。そんな話。僕はその後もそうやって、二人で傘を分け合って歩き続けています。まだ先も見えない、長い道を。