暑くも寒くも無いこの空間。雨が冷たいとも思わない。
 「ザーッ、ザーッ。」
不意にトランシーバーにノイズが流れた。急なことに驚いた俺は飛び上がった。が、それはすぐにまた音を鳴らさなくなった。普段全く変化の無い世界では、本当に些細なことでさえ大事のように感じられてくる。その日、それ以上変わった事は何も起こらなかった。
 それからしばらく経ったある日。また空を眺める事に溶け込みきった日常。時々、食事をする。腹にたまる気配は無いが、空腹感も感じたことは無い。
 「……ザーッ、ザーッ。」
俺は即座に手元を見た。数日前のあの音が、再び鳴り響く。テレビの砂嵐のような音が、耳に届く。
 「ザーッ、ザーッ、ぁ、もし、か、きこ――」
 「え……?」
耳を疑った。今までに聞いたことも無い声がそこから聞こえてくる。途切れ途切れではあるが、確かに人間の声。
 俺は恐怖を覚えた。恐れる事とはまた違う、激しい不安感。すぐには受け入れられない非日常が、この黒い塊を通して伝わってくる。
 単調でつまらない生活をしてきた俺だ。そして、これからも死ぬまでずっとこんな暮らしをしていくんだと思っていた。それには大きな抵抗も無く、自分の中で半ば定着していた。むしろその安定した生活を望んでいのたかもしれない。
 だが今、その生涯設計が一気に崩された。急に入り込んできたこの声によって。快く歓迎できるはずが無い。人間は、無意識に安心感のある方向へ進んでいくものだから。
 それなのに、何故か俺は少し期待をしていた。この日常から俺をはみ出させた声の主が、ついでにこの部屋の外に連れ出してくれるんじゃないか。あの青い空を全部見せてくれるんじゃないか、という淡い想いを、一瞬脳に描いたから。
 外に出たい。俺はその時強く思った。この狭い世界から脱け出して、太陽の光を一日中浴びてみたい。一度だけでもいいから――
 「……き、こえ、ますか?」
電波が良くなってきているようだ。その声は徐々にはっきりしてきた。俺の所に電波が届いていることを知っているようだ。
 「……あ、あぁ。聞こえる。君は?」
 「聞こえます。」
 「どうして急に君のトランシーバーとつながったんだろう。混線かな?」
 「さあ、分かりません…… でも、久しぶりに喋った気がします。」
 「そうだ、君は今どこにいるの?」
 「狭い部屋の中にいるんです。このトランシーバーだけが、置いてありました。」
驚いた。こんな境遇に立たされてるのは俺だけだと思っていたのに。
 「あ、でも大丈夫です。外に出るのは簡単。強く願えば良いんです。」
それならついさっきも試したことだが。それでも、俺の気持ちは変わらなかったから、もう一度強く祈った。この部屋の外に出してくれ――
 次の瞬間、いつも上に感じていた光を背後に感じた。振り向くとそこには俺よりほんの少し背の低い少女が立っていた。そして壁の一角、その少女がいる場所には、長方形の入り口が開いていた。
 「さあ、行こうか。君の夢見る空の下へ。」