やがて、日は沈んでいった。そして、それと反対の方向に、丁度月が昇ってきているところだった。綺麗な月の光を浴びて、草原は幻想的に光っている。少女の目からは、止め処なく涙が流れ落ちている。声をたてて泣いているのではないが、むしろそれがたまらなく気の毒に感じられた。だが、何故かその理由を聞くのはいけないことな気がしたから、俺はただ、隣にそっと寄り添って座っていた。
 ふと見上げると、月はもう頭上の高い位置で輝いている。眩しい月の光を見つめ、俺は寝転がった。初めにそうしたように、黒く明るい空を眺めた。あの時はこの世界にそのまま吸い込まれていきそうな感覚になった。だが、今は違う。むしろ、一人だけこの世界からはみ出したような気分だ。広い草原の中に、ただ転がっている自分。その感覚は、あの部屋にもよく似ていた。
 「……そろそろ、お別れかもしれない。」
急な言葉に、俺は驚いて起き上がる。心臓が不安に脈打つのが分かった。
 「どうして?」
当然の疑問だ。
 「私が朝言ったこと、覚えてる?」
不安感が徐々に精神を支配してくる。もう、あんな狭い部屋には帰りたくない。広い空の下でずっとこうしていたい。そして何より、俺はその少女と離れたくないと思った。そしてその別れは、俺が一番恐れていた事だ。
 「ああ。覚えてるよ。……詳しく聞かせてくれないか?」
あの時とは違う。今は知らないといけない。そんな気がした。
 「うん。」
そして、彼女は話し始める。よく見ると、月明かりでも分かる程目が真っ赤になっていた。
 「今、私と君が向かっている方向が同じだから、君は私とここにいる。そうして、君が私と同じ方向に向かって進んでいる限り、この世界は続く。……でも、二人の進む道にズレができたら、ここはまた狭い独りきりの世界になっていく。そして私は今、この世界から消えようとしている。」
 「消えようとしている……?」
 「……私が言うのも変だけど、君は今、私と離れるのを嫌だと思ってくれてるよね。」
ああ、その通りだ。俺は一つ頷く。
 「消えようとする私と、それを嫌う君。そこに生まれる食い違いが、進む道のズレなんだよ。」
 「それなら、どうしてこの世界から消えようだなんて思うんだよ。」
 「それは――」
言いかけた彼女の目に再び涙がたまっていくのが見えた。それが変えられない事実だというのは分かっていたが、どうにかしたいと思った。どうにもできない事が悔しかった。胸が熱くなってくる。でも、彼女のためにも今は涙を流したくない。そう思った。
 「そ、れじゃあ、ね……」
少女の声はまるでトランシーバーから聞こえるように、途切れている。泣いているけれど、心のこもった声だ。俺は知っている。諦めて別れる事を受け入れれば、彼女がこの世界から消えるその時まで一緒にいられる事を。だが、それでも俺は嫌だと思った。消えてほしくないと思った。急に目頭が熱くなる。歯を食いしばって必死にこらえる。顔が歪んでくるのが自分でもよく分かった。
 「あり、がとう。君は、助かって、ね――」
最後にそう残して、少女は静かに消えていった。
 後にはただ、一日限りの、それでも一生分の思い出が詰まった草原が、空しく音を立てて揺れていた――